障害者と共存するために大切なのは「よそはよそ、うちはうち」思考 書評60『目の見えない人は世界をどう見ているのか』伊藤亜紗

書評

幼い頃からアレルギー性結膜炎に悩まされ、定期的に眼科に通っています。
赤く腫れた自分の目を鏡で見て、「もしかしたらいつか
目が見えなくなってしまうんじゃないか」と恐怖していました。

そんな背景から、本書を手に取りました。
盲目の方がどのように世界を感じ取って過ごしているかを知りたかったためです。


本書を通して分かったのは2点です。

①目が見えなくても、その他の五感を使ってものを「見る」ことはできる。
②盲目でも楽しみを見つけ、ユーモラスに生きている方は沢山いらっしゃる。
 拒絶するのでも特別扱いするのでもなく、一つの多様性として受け入れる心構えが大切

1つ目について、盲目の方が目の見えている状態がわからないように、
私たちも「盲目で生きる状態」を理解することができません。
なので、盲目下での生活というと、孤独で不安な状態を想起してしまいます。

しかし彼らは、時に触覚を用い、時に聴覚を用いと、視覚以外の五感を駆使して
情報を読み取ろうとします。目では見えないけども、自分の持つ他の能力を稼働させて
対象を「見よう」としています。


彼らは目が見えない分、例えば対象の触り心地で、何を触っているのか推理しています。
確かな感触で対象を判断する力が養われているので、目の見える人よりこの
「推理しながら見る」力が優れていると言えます。
目の見える人は、過去自分が見た情報と眼の前の情報を結びつけて判断しがちなので、
誤った判断をしてしまう可能性があるからです。

全盲の方は決して真っ暗闇を生きている訳ではなく、脳内に作り上げるイメージで
対象を「見ている」
という著者の考え方に驚きました。

そして2つ目について、全盲でも、それを悲観し続けることなく、
人生を楽しんでいらっしゃる方はいるんだ
という文中の記載に感銘を受けました。

ある障害者の方は、全盲のためにパスタにかけるソースの味が判断できないと言います。
ミートソースにするか、それともクリームソースか・・・自身で食べたいソースを
選べないのは不幸に思えますが、彼はそれを一種の「運試し」として楽しむそうです。
自分の置かれた状況をただネガティブに捉えるのではなく、
どうすれば前向きに生きていくことができるか。
このような心境で過ごされておられる障害者の方には、畏敬の念すら抱きます。


だからこそ、私たちは障害者だからといって彼らを特別扱いするのではなく、
一人の仲間として多様性を受け入れる心を持つ必要があります。
目の見える自分が見ている世界と、全盲の彼が感じている世界はきっと見え方が違うけれども、
「よそはよそ、うちはうち」の精神でどちらの世界も尊重する。
これが、バリアフリーに真に大切な思考法であると感じました。

盲目に限らず障害者と共存するためのヒントが本書には満載です。
そして大切なのは、多様性を受け入れるユーモアな心だという結論にも、
なんだか心が温かくなる一冊でした。

3.5

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